賢者が語る女人のアナル

どうでもいいかもしれませんが、今賢者モードに入っています。女人の裸体などという俗なものには一切関心のない精神状態にいます。賢者になった状態でアナルへの思いを吐露させていただきます。

先ほど、女人の裸体に関心がないと書きましたが、無いです。ふっくらとした張りのあるおっぱい、くびれた腰、キュッとしまったお尻、何も欲情しませんね。股間は性的ではなく静的な状態を保つことでしょう。ではアナルならどうか?アナルでも股間は静的であると思います。ただし、幸せを感じることができるかと思います。

試しに、大好きなAV女優、並木優さん(残念ながらFANZAの配信は終わってしまいましたが、すでに買っていた人は終了してからもみれます。新規で購入できないだけです)、「超変身!アニメコスプレックス 並木優」の開始20分くらいにあるアナルのどアップを観てみました。流石に並木優、強力です。賢者であるはずのこの私の股間が少し疼きました(勃起はしませんでした)。ちょっとサンプルが強力すぎた感はありますが、勃起しないとはいえ、性的興奮が少し揺らいでしまいました。とはいえ一瞬の不意を突かれた程度ですぐ元の平常心に戻りましたが。

でも、性的興奮がほぼ無いとはいえ、やはり美しい女人のアナルは美しい。美しすぎる。観ていて幸せな気分になりました。おそらくですが、私にとってアナルとは性的興奮を呼び起こす物であると同時に純粋に美しい、心が洗われるようなそういった物なんだと思います。綺麗なシワ、周囲の毛穴のあとみたいなブツブツ、淡い色素沈着、全てが、全てが!!美しいいぃぃぃ!!!!!!究極までの美を体感した時、賢者はどう振る舞うべきなんでしょうか。そこにあるのはいやらしい穴ではなく”美”なのです。それを踏まえた上で、考察してみたいと思います。

アナルは美しい。何が良いかというと何かが出る穴だということ。可愛い女の子はうんこをしない。私はそう信じていますが、穴という決定的な証拠がある。無いはずの物がそこにある。自我の崩壊。ある種のカタルシスがそこに存在する気がします。賢者の意見として述べるなら、それは俗物的な煩悩を捨て去ったとしても、例えば偉大な芸術家の代表作などを見た場合、感動することはあるでしょう。それと同じなのかなと思っています。賢者なので、性的興奮はありませんが、純粋な美をそこにありありと感じることができるのです。

私にとてアナルとは美の象徴、芸術的な物です。性的な対象になることも多いですが、賢者モードでそれを見て美しいと感じられるのは、やはり美なのでしょう。

可愛い女の子のアナルは問答無用で美しい。万物の真理かと思います。

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